

はじめに
あなたの親は今、何歳ですか?
もし80代なら、相続について真剣に考え始めるべきタイミングです。なぜなら、親が認知症になってからでは、相続税対策がほとんどできなくなるからです。
「相続税なんてうちには関係ない」と思っている方も多いかもしれません。しかし実際には、不動産を持っているだけで相続税がかかるケースは少なくありません。
さらに怖いのは、「相続税がかからないはずだったのに、親が認知症になったせいで数百万円も払うことになった」というケースです。
この記事では、相続遺言専門の司法書士として、相続人が認知症になった場合に起こる問題と、その対策について詳しく解説します。
相続人が認知症になるとなぜ問題なのか
相続が発生すると、相続人全員で「遺産分割協議」を行い、誰がどの財産を相続するかを話し合います。
この遺産分割協議は、相続人全員の合意が必要です。一人でも欠けると、協議は成立しません。
ところが、認知症で判断能力が低下した人は、法律上「意思能力がない」とみなされ、遺産分割協議に参加できなくなります。
つまり、相続人の中に認知症の人がいると、遺産分割協議そのものができなくなってしまうのです。
認知症の相続人がいると相続税が高くなる理由
遺産分割協議ができないと、相続税の節税対策も使えなくなります。
具体的な事例で見てみましょう。
【ケース】
・父が死亡、相続人は母と子ども2人
・遺産:自宅不動産1億円、預金2,500万円(合計1億2,500万円)
・母は自宅で次女と同居していた
このケースで、もし母が元気であれば、次のような遺産分割ができます。
「同居している次女が自宅不動産をすべて相続し、母と長男は預金を分ける」
この場合、次女には「小規模宅地等の特例」が適用されます。この特例を使うと、自宅敷地の評価額を80%減額できるため、1億円の不動産が2,000万円に。
預金2,500万円を足しても合計4,500万円となり、基礎控除額4,800万円(3,000万円+600万円×3人)を下回るため、相続税はゼロになります。
ところが、母が認知症になってしまった場合、遺産分割協議ができません。
そこで成年後見人を立てることになりますが、後見人は本人(母)の利益を最優先に考えるため、「法定相続分」での分割を主張します。
法定相続分で分けると、母が2分の1、子どもたちが各4分の1ずつ。
この場合、小規模宅地等の特例が十分に使えず、相続税が数百万円発生してしまうのです。
成年後見人を立てても解決しない理由
「それなら成年後見人をつけて、子どもに有利な分け方をすればいいのでは?」
そう思われるかもしれません。しかし、これが大きな誤解です。
成年後見人の役割は、本人(認知症の親)の財産と権利を守ることです。子どもたちの利益ではありません。
そのため、後見人は本人が不利益を被るような遺産分割には絶対に同意しません。具体的には、法定相続分を下回るような分け方は認められないのです。
たとえ生前に親が「自宅は同居している娘に全部あげたい」と言っていたとしても、後見人はそれを考慮しません。あくまで法律に基づいて、本人の法定相続分を確保する動きをします。
成年後見人にかかる費用の問題
さらに問題なのが、成年後見人への報酬です。
後見人への報酬は月額2万円〜6万円程度が一般的で、本人が亡くなるまで支払い続けなければなりません。
もし母が後見開始から5年間生きたとすると、報酬総額は120万円〜360万円にもなります。
つまり、相続税を節税するために後見人をつけたのに、その費用が相続税より高くつくという本末転倒な事態になりかねないのです。
親が認知症になる前にできる相続対策
では、どうすればこうした問題を避けられるのでしょうか。
答えは簡単です。親が元気なうちに、事前に対策をしておくことです。
具体的には、次の3つの方法があります。
1. 遺言書の作成
最も基本的で効果的な対策が、遺言書の作成です。
遺言書があれば、遺産分割協議をする必要がありません。遺言書に書かれた内容に従って、財産を分けることができます。
たとえば、「自宅不動産は同居している次女に相続させる」という遺言書を作っておけば、たとえ母が認知症になっても、その内容通りに相続が進みます。
遺言書には「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」がありますが、確実性を重視するなら公正証書遺言がおすすめです。公証役場で作成するため、形式の不備で無効になるリスクがありません。
2. 家族信託の活用
家族信託とは、元気なうちに信頼できる家族に財産の管理を任せる仕組みです。
たとえば、父が元気なうちに「自宅不動産を次女に信託する」という契約を結んでおけば、父が認知症になっても、次女が不動産を管理・処分できます。
家族信託の大きなメリットは、「柔軟性」です。
成年後見制度では本人の財産を守ることが最優先されるため、積極的な資産運用や売却ができません。しかし家族信託なら、本人の意思に基づいて自由に財産を活用できます。
ただし、家族信託は比較的新しい制度のため、設計には専門知識が必要です。司法書士などの専門家に相談することをおすすめします。
3. 任意後見契約の締結
任意後見契約とは、自分が認知症になったときに誰に後見人になってもらうかを、あらかじめ決めておく契約です。
法定後見では、家庭裁判所が後見人を選ぶため、必ずしも家族が選ばれるとは限りません。場合によっては、弁護士や司法書士などの専門家が選ばれることもあります。
しかし任意後見なら、信頼できる家族を後見人に指定できます。また、財産管理の方針についても、あらかじめ契約で決めておくことができます。
任意後見契約は公正証書で作成する必要があるため、公証役場で手続きを行います。
80代の親を持つ40代のあなたが今すぐすべきこと
「まだ親は元気だから大丈夫」
そう思っている方も多いでしょう。しかし、認知症は突然進行することもあります。
特に80代になると、認知症のリスクは急激に高まります。統計によれば、80代の約3人に1人が認知症、4人に1人が軽度認知障害を発症しているとされています。
つまり、80代の親がいるなら、今すぐ対策を始めても早すぎることはないのです。
まずは次のステップから始めてみてください。
ステップ1:親と相続について話し合う
まずは親と、相続や財産のことについて話し合いましょう。
「縁起でもない」と思われるかもしれませんが、元気なうちに話し合っておくことが、後々のトラブルを防ぎます。
話し合うべき内容は次の通りです。
・どんな財産があるか(不動産、預金、株式など)
・誰にどの財産を残したいか
・遺言書を書く意思があるか
・認知症になったときにどうしてほしいか
ステップ2:専門家に相談する
相続の問題は複雑で、法律や税金の知識が必要です。自己判断で進めると、思わぬ落とし穴にはまることもあります。
相続の相談先としては、次のような専門家があります。
・司法書士:遺言書作成、家族信託、相続登記
・税理士:相続税の試算、節税対策
・弁護士:相続トラブルの解決
特に遺言書や家族信託については、司法書士が専門です。初回相談は無料の事務所も多いので、気軽に相談してみてください。
ステップ3:早めに対策を実行する
相談して方針が決まったら、すぐに実行に移しましょう。
「来年でいいか」「もう少し考えてから」と先延ばしにしていると、その間に親の判断能力が低下してしまうかもしれません。
遺言書も家族信託も、本人に判断能力があることが前提です。認知症が進行してからでは、もう手遅れなのです。
相続対策は「親孝行」の一つ
相続対策というと、お金の話だと思われがちです。
しかし私は、相続対策は親孝行の一つだと考えています。
なぜなら、事前に準備しておくことで、親が安心して老後を過ごせるからです。また、親の死後に家族が揉めることも防げます。
相続トラブルで家族の絆が壊れてしまうのは、とても悲しいことです。
「あのとき、ちゃんと話し合っておけば良かった」
そんな後悔をしないためにも、今すぐ行動を始めてください。
まとめ
この記事では、相続人が認知症になった場合のリスクと対策について解説しました。
ポイントをまとめます。
・相続人が認知症になると遺産分割協議ができない
・成年後見人を立てても、子どもに有利な分け方はできない
・結果として相続税が高くなる可能性がある
・対策は親が元気なうちに「遺言書」「家族信託」「任意後見」を検討すること
・80代の親がいるなら、今すぐ行動すべき
相続は必ず訪れます。そして認知症のリスクも、年齢とともに高まります。
「まだ大丈夫」と思っているうちに、手遅れになってしまうかもしれません。
もしあなたが80代の親を持つ40代なら、この記事を読んだ今日が、行動を始める最良のタイミングです。
親と話し合い、専門家に相談し、早めに対策を実行してください。
それが、あなたの家族の未来を守ることにつながります。
▼参考記事
https://news.yahoo.co.jp/articles/bc4f76ecbc4392fd2c498a38333fe0548e284656