

意思を守る仕組みとしての家族信託の本質
私は司法書士として長年にわたり、相続や財産管理に関わる多くのご家族と向き合ってきました。その中で痛感してきたのは、法制度の選択は単なる手続きの問題ではなく、「その人の意思と尊厳を、どのように未来へ届けるか」という本質的な問いに対する答えであるということです。
家族信託、後見制度、遺言。これらはいずれも、人の意思と財産を守るための制度として存在しています。しかし、その仕組みと思想には決定的な違いがあります。家族信託の最大の特徴は、「意思決定能力がある段階で、自らの意思を長期的に機能させる仕組みを設計できる」という点にあります。これは予防法務の真髄であり、未来志向の権利保全の実践だと私は考えています。
遺言は「死後」の意思表示です。後見制度は「判断能力喪失後」に発動する保護の仕組みです。一方で家族信託は、「今」の意思を、「これから」の人生全体を通じて実現し続けるための設計図なのです。この違いを理解していただくことが、依頼者の人生に寄り添う専門家として、私が最も大切にしている姿勢です。
後見制度との決定的な違い――尊厳と柔軟性の両立
成年後見制度は、判断能力を失った方の財産と権利を守るために、裁判所が関与して本人を保護する仕組みです。これは社会的セーフティネットとして重要な役割を果たしています。しかし、制度の本質は「保護」であり、「実現」ではありません。
後見制度の下では、本人の財産は「守られる」ものとなり、積極的な運用や資産の組み替え、生前贈与や投資といった柔軟な活動は原則として制限されます。裁判所への報告義務があり、後見人は本人の意思よりも「客観的な利益」を優先せざるを得ない構造になっています。これは制度設計として当然のことですが、本人が生前に描いていた「こう生きたい」「こう財産を使いたい」という意思は、必ずしも反映されません。
私が実務でお会いする多くのご家族は、後見制度によって「安全」は得られたものの、「自由」と「意思」が失われたことに戸惑いを感じておられます。たとえば、孫の進学資金を援助したい、自宅を売却して施設に入りたい、事業を承継させたいといった希望が、後見制度の枠組みでは実現困難になるケースが少なくありません。
一方、家族信託は「委託者の意思」を信託契約という形で事前に設計し、受託者がその意思に基づいて柔軟に財産を管理・運用できる仕組みです。裁判所の関与は不要であり、本人が元気なうちに「こういう場合はこうしてほしい」という具体的な指示を織り込むことができます。これは、尊厳と実効性を両立させる、予防法務の最も洗練された形だと私は考えています。
遺言との比較――「死後」ではなく「生前から死後まで」を設計する
遺言は相続における意思表示の基本であり、私自身も多くの遺言書作成に関わってきました。しかし遺言には構造上の限界があります。それは、「死亡時に一度だけ効力を発揮する」という一回性です。
遺言は、亡くなった瞬間に財産の承継先を指定する制度です。そのため、生前の財産管理には一切関与できません。認知症になった場合の財産凍結リスクには対応できず、また相続後に「次の承継者」を指定する二次相続以降の設計も困難です。
たとえば、ご自身が亡くなった後、配偶者に財産を渡し、その配偶者が亡くなった後は子どもに、さらにその子どもが亡くなった後は孫に――というように、複数世代にわたる承継の道筋を描くことは、遺言だけでは実現できません。なぜなら、遺言は「一代限り」の意思表示に過ぎないからです。
家族信託では、このような「世代を超えた財産承継の設計」が可能です。信託契約の中に、受益者を段階的に変更する条項や、財産の使途を指定する条項を盛り込むことで、依頼者の意思を数十年先まで届けることができます。これは遺言という「点」の制度ではなく、信託という「線」の制度だからこそ実現できることです。
また、家族信託は生前から効力を持つため、認知症対策としても極めて有効です。信託契約を結んだ時点から、受託者が財産を管理できるため、委託者が判断能力を失っても、財産が凍結されることはありません。不動産の売却、預金の引き出し、資産運用といった行為が、本人の意思に基づいて継続的に行われます。
これは「予防法務」の観点から見て、極めて重要な機能です。問題が起きる前に、問題が起きない仕組みを作る。それが家族信託という制度の核心であり、私が司法書士として最も価値を感じる部分です。
家族信託が必要とされる背景――社会構造の変化と予防法務の重要性
なぜ今、家族信託が注目されているのでしょうか。それは、日本社会が急速に高齢化し、認知症による財産凍結が現実的なリスクとして顕在化してきたからです。
統計によれば、2025年には高齢者の5人に1人が認知症になると言われています。認知症になると、銀行口座は凍結され、不動産の売買はできなくなり、相続対策も打てなくなります。本人の意思が失われると同時に、財産の流動性も失われるのです。
この状況に対して、従来の法制度では十分に対応できませんでした。後見制度は本人保護には優れていますが、家族の実情に応じた柔軟な対応は困難です。遺言は死後にしか機能しません。そこに「生前から死後まで、本人の意思を一貫して機能させる」家族信託という選択肢が登場したのです。
私が実務でお会いするご家族の多くは、「親が元気なうちに、親の意思を尊重した形で、将来の安心を設計したい」と望んでおられます。これはまさに予防法務の発想であり、トラブルが起きてから対処するのではなく、トラブルが起きない仕組みを事前に構築するという考え方です。
家族信託は、そのための最も有力な手段です。なぜなら、信託契約という形で「意思」を可視化し、「仕組み」として社会に定着させることができるからです。専門家の役割は、依頼者の意思を丁寧に聞き取り、それを法的に有効な形で設計し、長期的に機能する仕組みとして実装することです。
家族信託の限界と、それでも選ぶべき理由
もちろん、家族信託は万能ではありません。信頼できる受託者が必要であり、家族間の信頼関係が前提となります。また、税務上の取り扱いや、金融機関の理解不足など、実務上の課題も存在します。
しかし私は、それでもなお家族信託が「選ぶべき制度」であると考えています。なぜなら、家族信託は依頼者の意思を最も忠実に、最も長期的に実現できる仕組みだからです。そして、その意思を守ることが、司法書士としての私の使命だからです。
法律は制約ではなく、可能性を広げる道具です。家族信託という制度を正しく理解し、適切に設計することで、依頼者の人生とご家族の未来に、大きな安心と自由をもたらすことができます。
私たち専門家の責任は、制度を説明することではありません。依頼者の人生に向き合い、その意思を社会制度として定着させることです。形式ではなく実態を守ること。それが、私が司法書士として貫いてきた姿勢であり、家族信託という制度を通じて実現したいと願っていることです。
結びに――意思を未来へ届けるために
家族信託、後見制度、遺言。それぞれに役割があり、それぞれに意味があります。しかし、「本人の意思を、生前から死後まで一貫して実現する」という観点で見たとき、家族信託が最も優れた選択肢であることは間違いありません。
もしあなたが、ご自身の財産と意思を、将来にわたって守りたいと考えておられるなら、ぜひ一度、家族信託という選択肢を検討してみてください。そして、信頼できる専門家に相談してください。
私たち司法書士は、あなたの意思を制度として社会に定着させる役割を担っています。あなたの人生に寄り添い、長期的に伴走し、安心を設計する。それが、私たちの仕事の本質です。
家族信託は、未来への意思表示です。その意思を、確かな形で残すために、今、行動することが必要です。
プロフィール:繁森一徳
(司法書士しげもり法務事務所代表司法書士)
岡山県出身。岡山大安寺高等学校卒業、関西学院大学法学部卒業。現在は、大阪市の天王寺・上本町を拠点に、相続・遺言・生前贈与・民事信託(家族信託)に特化した法的支援を展開。地域に根差した活動も行っており、天王寺区や東成区などの各区役所・区民センターなどで、無料相談会の開催実績多数。
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