

はじめに──制度とは何のためにあるのか
私は司法書士として、成年後見制度と長く向き合ってきました。その中で繰り返し感じてきたことがあります。それは、「制度は人を守るためにある」という原則です。そして同時に、「制度が人を縛るものになってはならない」という緊張感でもあります。
成年後見制度は、判断能力が不十分になった方々の権利と財産を守るために存在します。しかし、その運用において「守る」という行為が、いつの間にか「制限する」という結果を生んでしまうことがあります。この矛盾と向き合い続けることこそが、この制度に関わる専門家の責任だと私は考えています。
そして今、成年後見制度は大きな転換点を迎えています。法改正が進み、制度のあり方そのものが問い直されているのです。この動きは単なる法律の改正ではありません。それは、社会が「本人の意思をどう尊重するか」「尊厳とは何か」「支援とは誰のためのものか」を改めて問い直している証なのです。
成年後見制度の必要性──なぜこの制度が存在するのか
権利を可視化し、社会的信用へと変換する装置
成年後見制度が必要とされる理由は、単に「判断能力が不十分な人を守るため」という一言では表しきれません。この制度の本質は、本人の権利を法的に可視化し、社会的信用として機能させる仕組みにあります。
たとえば、認知症が進行した高齢者の方が、自宅を売却する必要に迫られたとします。しかし、判断能力が不十分な状態では、法律上有効な契約を結ぶことができません。不動産会社も、金融機関も、本人の意思が確認できない取引には応じられないのです。これは本人を守るためのルールですが、同時に本人の権利行使を事実上不可能にしてしまう壁でもあります。
ここで成年後見制度が機能します。家庭裁判所が選任した成年後見人が、本人に代わって法律行為を行うことで、本人の権利が再び社会の中で「動き出す」のです。後見人という法的な代理人が存在することで、契約の相手方は安心して取引に応じることができます。つまり、後見制度は本人の権利を社会的信用という形で流通させる装置なのです。
予防法務としての後見制度
私が後見制度に関わる中で強く感じてきたのは、この制度の本質が「予防法務」にあるということです。後見制度は、トラブルが起きてから対処するものではなく、トラブルを未然に防ぐための法的インフラです。
判断能力が不十分になった方の周囲には、さまざまなリスクが存在します。悪意ある第三者による財産の搾取、不当な契約の押し付け、親族間での財産をめぐる対立などです。こうしたリスクに対して、後見人という法的な盾が存在することで、本人の財産と権利は守られます。
また、後見制度は本人の意思が不明確になる前に、誰がどのような支援を行うかを明確にする役割も果たします。任意後見制度はその典型です。本人が元気なうちに、将来の支援者と支援内容を契約で定めておくことで、判断能力が低下した後も本人の意思に基づいた支援が可能になります。これは意思を制度として社会に定着させるという、予防法務の最も洗練された形だと私は考えています。
尊厳と安心の両立という課題
しかし、後見制度には大きな課題がありました。それは、「本人を守る」という目的が、時として「本人の自由を奪う」という結果につながってしまうことです。
たとえば、成年後見制度を利用すると、本人は選挙権を失うという時代がありました(2013年の法改正で撤廃)。また、後見人が財産管理を厳格に行うあまり、本人の意思に反して生活費が制限されるケースもありました。「安全」を重視するあまり、「尊厳」が軽視されてしまう構造的な問題があったのです。
私は、後見制度の必要性を語る際、必ずこの二つの価値──安心と尊厳──を同時に実現することの重要性を強調します。どちらか一方だけでは不十分です。財産を守ることと、本人の意思を尊重することは、対立するものではなく、両立させるべきものなのです。
法改正の背景と意義──なぜ今、変わろうとしているのか
国際的潮流と「意思決定支援」への転換
成年後見制度の法改正は、国際的な潮流と深く結びついています。2006年に国連で採択された「障害者権利条約」は、障害のある人々の権利と尊厳を守るための国際的な基準を示しました。日本も2014年にこの条約を批准しました。
この条約の核心は、「代行決定」から「支援付き意思決定」への転換です。従来の後見制度は、「本人は判断できないから、代わりに誰かが決める」という発想に基づいていました。しかし、障害者権利条約は、「本人が決められるよう支援する」という発想への転換を求めています。
この思想転換は、後見制度の根幹を問い直すものです。後見人の役割は、本人に代わって決めることではなく、本人が自ら決められるよう支援することへと変わらなければなりません。これは単なる理念の問題ではなく、実務のあり方そのものを変える必要がある大きな転換です。
利用しづらい制度という現実
もう一つの法改正の背景は、現行制度の「使いづらさ」にあります。成年後見制度は必要な制度であるにもかかわらず、利用が進んでいませんでした。その理由はいくつもあります。
まず、制度利用のハードルの高さです。家庭裁判所への申立て手続きは複雑で、時間もコストもかかります。また、一度後見が開始されると、原則として途中でやめることができません。この「出口のなさ」が、利用をためらわせる大きな要因となっていました。
さらに、後見人による不正も後を絶ちませんでした。親族後見人による財産の使い込み、専門職後見人による不適切な財産管理などが報道され、制度への信頼が揺らぎました。これに対応するため、家庭裁判所の監督が厳格化されましたが、それがまた制度の硬直化を招くという悪循環も生じていました。
私はこれらの課題を、制度が「仕組み化」されていないことの結果だと考えています。個人の倫理観や能力に依存するのではなく、ミスや不正が起きにくい構造を制度として作り込むこと。それが専門家としての責任であり、法改正が目指すべき方向性でもあります。
2024年改正の核心──本人の意思尊重と制度の柔軟化
こうした背景のもと、成年後見制度は段階的に改正されてきました。特に重要なのは、2024年に施行された改正法です。この改正の核心は、本人の意思尊重の明確化と制度の柔軟化にあります。
改正法では、後見人の職務において「本人の意思の尊重」が法律上明記されました。これは単なる理念ではなく、後見人の義務として位置づけられたことに大きな意味があります。後見人は、本人の財産を守るだけでなく、本人の意思を最大限尊重し、本人の生活の質を高める責任を負うのです。
また、後見制度の利用促進と同時に、「後見以外の支援」の充実も重視されています。後見制度は最後の手段であり、まずは日常生活自立支援事業や、地域の見守りネットワーク、任意後見など、より緩やかな支援を活用すべきだという考え方です。これは段階的支援という発想であり、本人の状況に応じた柔軟な対応を可能にします。
さらに、後見人の選任においても変化が起きています。従来は財産管理能力が重視され、弁護士や司法書士などの専門職が選ばれることが多くありました。しかし改正後は、本人の生活に寄り添える親族や、福祉の専門家が選ばれるケースが増えています。そして、専門職は「チームの一員」として、必要な部分だけを支援する形へと変わりつつあります。
法改正がもたらす実務の変化と専門家の役割
司法書士の役割は「伴走者」へ
法改正によって、司法書士をはじめとする専門家の役割も変わります。私たちは単なる「手続きの代行者」でも、「財産管理の監視者」でもありません。本人の人生に寄り添い、長期的に支える伴走者でなければならないのです。
これは、依頼者の意思と実態を長期的に守ることを意味します。書類を作成し、登記を完了させることは業務の一部に過ぎません。本当に重要なのは、その後の人生において本人の権利が守られ続けること、本人の意思が尊重され続けることです。
そのためには、福祉や医療の専門家、地域の支援者と連携し、チームとして本人を支える体制を作ることが必要です。司法書士は法律の専門家として、このチームの中で法的インフラとしての役割を果たします。権利を可視化し、意思を制度に落とし込み、トラブルを予防する。それが私たちの使命です。
AI時代における専門家の責任
また、法改正はAI時代における専門家の在り方も問うています。AIは膨大な情報を処理し、書類を作成し、リスクを予測することができます。しかし、最終的な判断と責任は人が担うべきです。
後見制度における判断は、本人の意思、家族の状況、社会的背景、倫理的価値観など、多層的な要素が絡み合います。AIは情報を整理し、選択肢を提示することはできますが、「何が本人にとって最善か」を決めることはできません。その判断を行い、責任を負うのが専門家の役割です。
私は、AIを道具として活用しながらも、人間としての判断力と倫理観を磨き続けることが、これからの専門家には求められると考えています。
制度は静かに、しかし確実に進化している
成年後見制度の法改正は、まだ道半ばです。しかし、その方向性は明確です。それは、本人の意思を中心に置き、尊厳と安心を両立させる制度への進化です。
制度は完璧ではありません。運用には課題も多くあります。しかし、制度は静かに、しかし確実に進化しています。そしてその進化を支えるのは、現場で本人と向き合う専門家であり、家族であり、地域の支援者です。
私は司法書士として、この制度の進化に責任を持ち続けたいと思います。法律は制約ではなく、依頼者の可能性を広げるための道具です。そして後見制度は、人の尊厳を守るための、社会的責任を果たすための仕組みなのです。
最後に──あなたができること
もしあなたが、ご自身やご家族の将来に不安を感じているなら、まずは情報を集めてください。後見制度だけが選択肢ではありません。任意後見、家族信託、見守り契約など、さまざまな支援の形があります。
そして、専門家に相談してください。私たち司法書士は、あなたの意思を聴き、あなたの人生に寄り添い、最適な仕組みを一緒に考えます。それが、予防法務であり、未来志向の支援です。
制度は人を守るためにあります。そして、制度は人の意思によって変わります。あなたの一歩が、誰かの安心と尊厳を守ることにつながります。
プロフィール:繁森一徳
(司法書士しげもり法務事務所代表司法書士)
岡山県出身。岡山大安寺高等学校卒業、関西学院大学法学部卒業。現在は、大阪市の天王寺・上本町を拠点に、相続・遺言・生前贈与・民事信託(家族信託)に特化した法的支援を展開。地域に根差した活動も行っており、天王寺区や東成区などの各区役所・区民センターなどで、無料相談会の開催実績多数。
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