

改正民法が2024年6月17日に成立し、スマートフォンやパソコンで作成できる「デジタル遺言」を法務局で保管する新制度が創設されることになりました。法律の公布から3年以内の施行を目指しており、相続実務に大きな変革をもたらすことが期待されています。
この記事では、相続遺言専門の司法書士として、デジタル遺言制度の詳細と、80代の親を持つ40代の方々がなぜ今この制度に注目すべきなのかを解説します。
デジタル遺言とは何か?従来の遺言書との違い
現在、日本で主に利用されている遺言書には2種類あります。
1つ目は「自筆証書遺言」。これは遺言者本人が全文、日付、氏名を自筆で書き、押印する必要があります。費用はかかりませんが、全文を手書きしなければならないため、高齢者にとっては大きな負担です。また、形式不備で無効になるリスクや、紛失・改ざんの危険もあります。
2つ目は「公正証書遺言」。公証役場で公証人が作成するため、形式面での安全性は高いのですが、作成には数万円の費用がかかり、証人2名の立ち会いも必要です。
今回新設される「デジタル遺言(保管証書遺言)」は、これら2つの中間的な位置づけとなります。
デジタル遺言の5つの特徴
1. スマホ・パソコンで作成可能
従来の自筆証書遺言のように全文を手書きする必要がありません。高齢者でもスマートフォンやパソコンで文字入力することで遺言を作成できます。
2. 押印が不要
従来は押印が必須でしたが、デジタル遺言では不要になります。代わりに、身分証明書の写しなどで本人確認を行います。
3. 法務局が保管
作成した遺言書は法務局が安全に保管します。これにより、紛失や改ざんのリスクがなくなります。
4. 本人確認の仕組み
法務局は対面またはウェブ会議で、本人に遺言の全文を読み上げてもらい、本当に遺言をする意思があるのかを確認します。これにより、第三者による偽造や強要を防止します。
5. 指定者への通知機能
遺言者があらかじめ指定した人に、遺言書の存在を通知することができます。これにより、「遺言書があることを誰も知らなかった」という事態を防ぎます。
なぜ今、デジタル遺言が必要なのか
日本は超高齢社会を迎えており、2025年には団塊の世代が全員75歳以上になります。相続件数は今後さらに増加することが確実です。
しかし、遺言書の作成率は依然として低いままです。その最大の理由が「手書きの負担」と「手続きの煩雑さ」でした。
実際の相続の現場では、遺言書がないために家族間で激しい争いが起こるケースが後を絶ちません。裁判所の統計によれば、遺産分割事件の約78パーセントは遺産総額5000万円以下のケースです。つまり、「普通の家庭」でこそ相続トラブルは起きているのです。
遺産総額が数億円もある資産家なら、生前から税理士や弁護士が関与して対策を講じています。しかし、「うちには大した財産はないから大丈夫」と考えている一般家庭ほど、何の準備もしないまま相続を迎え、結果的にトラブルに発展しているのが現実です。
80代の親を持つ40代が今すぐ考えるべき理由
80代の親御さんをお持ちの40代の方にとって、相続は決して「まだ先の話」ではありません。
統計上、80代の方の平均余命は男性で約9年、女性で約12年です。しかし、これはあくまで平均であり、いつ何が起こるかは誰にもわかりません。
さらに重要なのは、遺言書を作成できるのは「判断能力がある」うちだけという点です。認知症が進行してしまうと、法律上有効な遺言書を作成することはできなくなります。
厚生労働省の推計では、2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になると言われています。つまり、「まだ元気だから大丈夫」と先延ばしにしていると、気づいたときには手遅れになる可能性があるのです。
親に遺言の話を切り出すのが難しい理由
多くの方が「親に遺言の話をしたいけど、なかなか切り出せない」と悩んでいます。
その理由は主に3つあります。
1つ目は「縁起でもない」と怒られる不安です。日本には死について語ることをタブー視する文化があり、親世代は特にその傾向が強いです。
2つ目は「財産目当てだと思われたくない」という心理です。子どもから遺言の話を持ち出すと、「自分の財産を狙っているのか」と誤解されるのではないかという恐れがあります。
3つ目は「兄弟姉妹との関係が悪化する」リスクです。自分だけが親に遺言の話をしていることを他の兄弟姉妹が知ったら、「あいつが親を誘導している」と疑われる可能性があります。
しかし、これらの不安を理由に何もしないまま相続を迎えると、もっと深刻な問題が起こります。
遺言書がないとどうなるのか
遺言書がない場合、相続人全員で「遺産分割協議」を行う必要があります。これは相続人全員の合意が必要で、1人でも反対すれば成立しません。
実際の相続の現場では、以下のようなトラブルが頻発しています。
・長男の妻が「うちが親の介護をしたのだから多くもらって当然」と主張
・次男が「親から住宅購入資金を援助してもらったのだから、それは相続分から引くべき」と主張
・三男が「とにかく法定相続分通りに分けるべき」と主張
・実家の不動産を誰が相続するかで意見が対立
・親の預金口座から誰かが勝手に引き出していた疑惑
こうした問題が絡み合い、何年も解決しないケースは珍しくありません。その間、相続税の申告期限は迫り、実家は放置され、兄弟姉妹の関係は修復不可能なまでに悪化します。
しかし、遺言書があれば、親の意思が明確なため、こうした争いの多くを防ぐことができます。
デジタル遺言が親への提案をしやすくする理由
デジタル遺言の登場は、親に遺言作成を提案する際のハードルを下げる効果があると考えられます。
従来の自筆証書遺言の場合、「全文を手書きで書く」という物理的な負担が大きく、「そんな面倒なことはできない」と拒否されるケースが多くありました。
しかし、デジタル遺言なら「スマホで作れる」「手書きじゃなくていい」という点を前面に出すことで、「それなら考えてもいいかな」と思ってもらいやすくなります。
また、「新しい制度ができたんだって」というニュースを話題にすることで、自然な流れで相続の話題に入ることができます。
デジタル遺言を作成する際の注意点
デジタル遺言は便利ですが、注意すべき点もあります。
まず、遺言の内容そのものは自分で考える必要があります。「誰に」「何を」「どのように」相続させるのか、これは遺言者本人が決めなければなりません。
特に注意が必要なのは、以下のようなケースです。
・不動産がある場合の分け方
・相続人以外の人(孫、内縁の配偶者など)に財産を遺したい場合
・特定の相続人に多く遺したい場合の遺留分対策
・事業承継が絡む場合
・相続税の負担を考慮した分割方法
こうした複雑なケースでは、デジタル遺言の作成前に、相続の専門家である司法書士に相談することをお勧めします。
デジタル遺言と他の遺言方式の使い分け
デジタル遺言の新設後も、従来の自筆証書遺言と公正証書遺言は引き続き利用できます。それぞれの特徴を理解して、状況に応じて使い分けることが重要です。
自筆証書遺言は、今回の改正で押印が不要になりましたが、全文自筆の要件は残ります。手書きに自信がある方や、費用をかけたくない方に向いています。
公正証書遺言は、公証人が作成するため最も確実性が高く、複雑な内容や高額な財産がある場合に適しています。ただし、費用と手間がかかります。
デジタル遺言は、その中間として、手軽さと安全性のバランスが取れた選択肢となります。特に、高齢で手書きが困難だが公正証書を作るほどではない、という方に最適です。
相続登記の義務化との関係
2024年4月から、相続登記が義務化されています。不動産を相続したら、3年以内に登記しないと過料(罰金)が科される可能性があります。
遺言書があれば、指定された相続人が単独で相続登記を申請できるため、手続きがスムーズです。しかし、遺言書がない場合は、相続人全員で遺産分割協議を行い、全員の実印と印鑑証明書を揃える必要があります。
相続人が遠方に住んでいたり、疎遠だったりすると、この作業だけで数ヶ月かかることもあります。その間に3年の期限が過ぎてしまうリスクもあるのです。
今からできる3つのステップ
デジタル遺言の制度開始まで3年ありますが、今からできることがあります。
ステップ1:親の財産の把握
まずは、親がどのような財産を持っているのか、大まかに把握しましょう。不動産、預貯金、株式、保険など、全体像がわからないと適切な遺言内容を考えられません。
ステップ2:家族での話し合い
可能であれば、親を含めた家族全員で「将来のこと」を話し合う機会を持ちましょう。デジタル遺言のニュースを話題にすることで、自然に切り出せます。
ステップ3:専門家への相談
相続は法律・税務の専門知識が必要な分野です。自己判断で進めると、後で「こんなはずじゃなかった」となることも。早めに司法書士や税理士に相談することで、最適な対策を立てることができます。
まとめ
デジタル遺言の新設は、日本の相続実務における大きな転換点です。手書きの負担が減り、法務局の保管で安全性が確保され、通知機能で確実に遺志が伝わる。この3つのメリットは、これまで遺言作成を躊躇していた多くの人々にとって、大きな後押しとなるでしょう。
80代の親を持つ40代の皆さんにとって、今がまさに行動すべきタイミングです。「まだ早い」と思うかもしれませんが、相続対策に「早すぎる」ということはありません。むしろ、手遅れになってから後悔する方が圧倒的に多いのが現実です。
親と相続の話をすることは、決して不謹慎なことではありません。それは、家族全員の将来を守るための、とても大切な準備です。デジタル遺言という新しい選択肢を活用して、安心できる相続の準備を始めましょう。
相続や遺言について少しでも不安があれば、お気軽に専門家にご相談ください。
記事URL: https://news.yahoo.co.jp/articles/8fa669f6f75e2e9bb8f0c3cb845dfdd538f85a9b