※天下一品のこってりMAX
高齢者と不動産取引における本人確認のリアル
〜「もうええでしょう」の時代を超えて、司法書士が担う安全の砦〜
【はじめに】
Netflixで話題となったドラマ『地面師たち』。
その中で、地面師側が本人確認を拒みながら放ったセリフ「もうええでしょう」が、「流行語大賞」にまでノミネートされ、世間の耳目を集めました。
しかし、このセリフに象徴されるように、本人確認を徹底しようとする司法書士と、それに反発する取引関係者との“温度差”は、実は現場で日常的に起きている現象でもあります。
私は大阪市で司法書士として20年以上、不動産取引に関わる現場を見てきました。
その中でも特に印象深いのは、高齢者が関与する不動産取引における「本人確認」の難しさと、それを取り巻く空気感です。
この記事では、高齢の売主が多い日本の不動産市場において、司法書士がどうやって不正を見抜き、取引の安全を守っているのか——その現実と課題を、現場目線でお伝えしたいと思います。
【地面師事件と本人確認の重要性】
2017年、積水ハウスが55億円をだまし取られた「地面師事件」は、我々司法書士の間でも衝撃的なニュースでした。
「本人確認は司法書士の責任だ」
そう強く認識されるようになったのは、この事件以降と言っても過言ではありません。
司法書士は不動産取引において、「登記手続きが完了するまでお金を動かさせない」ことのできる最後の砦です。
そのため、もし本人確認を誤れば、被害額の全額を損害賠償として背負うことになりかねません。
ときには億単位の取引もあり、保険で補償される限度を超える責任が発生します。
加えて懲戒処分を受ければ、司法書士としてのキャリアが事実上終わってしまうことすらあります。
だからこそ、本人確認は「命懸け」と言っても決して大げさではないのです。
【高齢者との取引に潜むリスク】
不動産の売主は、高齢者であることが少なくありません。
「相続のために売却したい」
「老人ホームに入るので自宅を手放したい」
こうした背景で不動産の売買が行われるケースが年々増えています。
しかし、高齢者との取引には独特の難しさがあります。
・年齢や誕生日を間違える
・自宅の住所を正確に覚えていない
・免許証やマイナンバーカードのICチップ操作に不慣れ
・体調によって応答が不安定になる
・記憶力があいまいで過去の取引履歴などを説明できない
こうした事情をふまえ、私は本人確認を「堅苦しいもの」としてではなく、「対話と信頼の場」として位置づけています。
【本人確認は“空気との戦い”でもある】
本人確認には、形式的な確認(免許証のチェック、顔の一致など)と、実質的な確認(受け答えや雑談からくる心証)があり、両者をバランスよく組み合わせる必要があります。
しかし、現場では次のようなプレッシャーもあります。
・売主が「何度も同じことを聞かれるのは不快だ」と感じる
・不動産業者が「早く終わらせてほしい」と圧力をかけてくる
・買主が「売主に失礼になるから質問を控えてほしい」と空気を読む
これが「もうええでしょう」と言われてしまう状況を生み出します。
実際、私自身も若い頃、取引の席でブローカーに机の下から足で蹴られたり、怒鳴られたりした経験があります。
今はそこまでのことは減りましたが、それでも「本人確認に時間をかけすぎると場の空気が悪くなる」というプレッシャーは、どの司法書士も少なからず感じているはずです。
【“楽しんでもらう”本人確認という工夫】
そんな中、私が意識しているのは、「本人確認をイベントに変える」という発想です。
たとえば、免許証の裏面にライトを当てると顔写真の透かしが浮かび上がることを「ちょっと面白いでしょ?」と会話のネタにしたり、
「マイナンバーカードのICチップって、こんなこともできるんですよ」と実演を交えて説明したり。
緊張感のある場面だからこそ、あえてユーモアや親しみやすさを加えることで、売主が安心して協力してくれる雰囲気を作るようにしています。
高齢者対応のコツは、丁寧に説明することと、「信じてもらう前に、こちらが心を開く」ことだと感じています。
【コロナ禍での本人確認という挑戦】
新型コロナの影響で、本人確認にも大きな制限がかかりました。
・面会制限のある施設に入っている高齢者
・マスクで顔が見えない
・Zoomなどの操作ができない
私が実際に行った事例としては、施設のガラス越しにトランシーバーで会話し、本人確認をしたことがあります。
また、売主の自宅に事前訪問し、1時間かけて会話しながら信頼関係を築いたこともあります。
登記が完了するまで、決して気を抜けない——それが司法書士としての責任です。
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【「偽造されるのは“身分証”ではなく“信頼”」】
最近では、偽造免許証や偽のマイナンバーカードが流通し、それを用いて「本物の印鑑証明書」や「本人確認書類」を発行するという事例が増えています。
つまり、不正の起点が「偽造書類」から「公的機関の“正規発行物”」に移っているのです。
積水ハウス事件でも、偽のパスポートを使って印鑑証明書を取得し、最終的に公証人までだまされました。
本人確認をする側の責任も重く、たとえ「本物の印鑑証明書」があっても、その発行経緯に疑念があれば、取引を止めなければなりません。
このように、不動産取引における本人確認とは、「書類の確認」だけでなく、「信頼関係を偽装された場合の見極め」までを求められる仕事なのです。
【AIと非対面時代の危うさ】
現在、ネット銀行やリモート本人確認などが普及し、非対面の取引が急増しています。
しかし、AIやデジタル技術が進んでも、すべての人がその恩恵を等しく受けられるわけではありません。
特に高齢者にとっては、対面で話しながら、目を見て確認してもらうことに安心感を覚える方が多いのです。
また、AIが顔を判定しても、本人かどうかまでは完全に保証できません。
「偽造された信頼」を見抜くには、やはり現場での“人の目”が必要だと私は感じています。
【司法書士が果たす“保険”としての役割】
司法書士の仕事は、所有権の移転を適切に行い、「買主が不利益を被らないようにすること」。
そして、トラブルがあったときには「それを未然に防ぐ存在であったかどうか」が問われます。
ある意味、司法書士は不動産取引における“保険”のような存在ともいえるでしょう。
高齢者が売主となる不動産取引では、多少時間がかかっても、安全を最優先にすることが大切です。
【まとめ:信頼は、確認から始まる】
「本人確認は命懸け」
この言葉は決して比喩ではなく、司法書士としての矜持そのものです。
高齢者との取引では、ちょっとした雑談、丁寧な応対、笑顔ひとつが、大きな安心につながります。
そして、その積み重ねこそが、取引全体の信頼を支える基盤になるのです。
「本人確認なんて形式だけでいいんじゃない?」
「書類が揃っていれば問題ないでしょ?」
そう思われがちな時代だからこそ、私たち司法書士が最後の砦として、「取引の安全」を守り抜いていく必要があります。
不動産の売買に不安を感じている方、また親御さんの不動産を売却されるご家族の方へ。
ぜひ、信頼できる司法書士にご相談ください。
本人確認は、信頼を築く第一歩です。
安心して取引を進めるために、私たちができることが必ずあります。
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司法書士しげもり法務事務所
代表 繁森 一徳(大阪市)
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