※チャーシューまみれコッテリ味噌らーめん
「介護したのに相続ゼロ」——感謝が報われない家族関係と、避けられたはずの“争続”の真実
【はじめに】
「60年、実家暮らしのくせに…」というセンセーショナルな見出しがついたある相続トラブルのニュースが、ネット上で話題になっています。
内容は、母の介護を長年支えた次男が、母の死後、法的には相続人でなかったため遺産を一切受け取れなかった、というもの。
この記事では、この事例をもとに「家族としての気持ち」と「法律の現実」のギャップについて、司法書士としての視点からじっくりと考えてみたいと思います。
私が普段接している相続のご相談でも、似たような葛藤を多くお聞きします。
介護を担ってきた方の報われなさ、親族間の想定外の衝突、そして「もっと早く準備していれば」という後悔……。
この事例には、高齢社会の日本が直面している相続の根本課題が凝縮されています。
【事例の概要】
ニュースで取り上げられたのは、58歳の会社員・正人さん(仮名)と、60歳の兄・和夫さん(仮名)の兄弟。
正人さんは義理の母親の介護を長年にわたって担い、通院の付き添いや買い物、排泄介助にまで携わってきました。
一方、兄の和夫さんは実家で母と同居していたものの、介護はほとんどノータッチで、母の年金(月13万円)で生活を賄い、自身の収入は貯金していたという背景があります。
そして母の死後、兄弟は司法書士事務所を訪れ、相続手続きを進めようとしたそのとき――
「正人さんには相続権がありません」と、衝撃のひと言を聞かされます。
実は正人さんは、義理の母と養子縁組をしていなかったため、法律上は“赤の他人”。
法的な相続人ではなかったのです。
【法律が冷たく見えるとき】
「いったい、なんのために何年も介護してきたのか……」
正人さんの憤りと困惑は当然です。
しかし、法律は感情よりも“関係性”を優先します。
民法では、法定相続人として定められるのは、
- 配偶者
- 子(実子・養子)
- 直系尊属(父母など)
- 兄弟姉妹
正人さんが実の子でなければ、養子縁組をしていない限り、どれだけ献身的に介護していても、相続人とはみなされません。
これは冷酷に聞こえるかもしれませんが、法律とは「誰にでも平等に適用されるルール」であるため、気持ちや事情によって特別扱いされることはありません。
【再婚と家族のかたちの変化】
今回のケースをさらに複雑にしているのは、母が再婚し、正人さんと兄が「義理の兄弟」であったことです。
厚生労働省のデータによれば、近年の婚姻のうち約4分の1が再婚であり、また子連れ再婚も増加傾向にあります。
このように“家族のかたち”が多様化する中で、法律上の「親子関係」が曖昧なまま生活を共にしているケースも増えているのです。
義理の子であっても、早期に養子縁組をしておけば法定相続人として認められますが、特に高齢になってからの再婚では、その手続きが後回しにされがちです。
「わざわざ手続きしなくても、気持ちは家族だから」
そう思っていても、法律は「気持ち」を記録しません。
そこに書類があるかないか。
それが、相続という場面では決定的な違いになるのです。
【報われない介護と「寄与分」】
「だったら、介護していた分だけでも見返りが欲しい」
そう考える方も多いでしょう。
このようなときに使える制度に「寄与分(きよぶん)」があります。
寄与分とは、相続人の中で特別に被相続人の財産の維持や増加に貢献した者に対して、その貢献分を相続に加算してもらう制度です。
しかし、寄与分には大きなハードルがあります。
まず、法定相続人でなければ請求すらできません。
つまり、今回の正人さんのように相続人でない人には使えないのです。
また、金額の決定は簡単ではなく、調停や審判の場で争いになりやすいこともあります。
証拠や証言をもとに客観的な評価を下すため、「介護した時間」「内容」「頻度」などを具体的に示さなければなりません。
そのため、寄与分の主張がかえって家族間の溝を深める原因となることも少なくないのです。
【“争続”を防ぐためにできること】
では、どうすればこうした問題を未然に防ぐことができたのでしょうか?
答えはひとつ。
**親が元気なうちに、「相続の意思」を形にしておくこと**です。
具体的には、以下のような手段があります:
### 1. 養子縁組をする
義理の子どもに相続させたい場合、養子縁組をすることで法定相続人となります。
形式的な手続きではありますが、その効果は非常に大きく、他の相続人と同等の権利が認められます。
### 2. 遺言書を作成する
遺言書によって、特定の人に財産を遺すことができます。
義理の子や介護に貢献した親族に配慮する手段として非常に有効です。
公正証書遺言で作成すれば、争いのリスクも最小限に抑えられます。
### 3. 生前贈与の活用
相続前に一定の財産を生前贈与することで、実質的な相続を実現できます。
贈与税の非課税枠(年間110万円)を利用すれば、税負担を抑えて資産移転が可能です。
### 4. 保険の受取人を指定する
生命保険を活用すれば、法定相続人でない人にも現金を直接渡すことができます。
保険金は「相続財産」ではなく「受取人固有の財産」とされるため、他の相続人からの異議が出にくいのも利点です。
【私の現場で感じるリアル】
司法書士として相続業務に携わってきた中で、
「なんでこんなに頑張ったのに報われないんでしょう」
という言葉を何度も聞いてきました。
しかし、頑張った人が必ずしも得をするとは限らないのが、相続の難しさです。
逆に、「なんとなくそうなるだろう」と思っていた人が、思わぬトラブルに巻き込まれることもあります。
争いの火種は、常に「話していなかったこと」「決めていなかったこと」から生まれます。
そしてそれは、家族の絆までも壊してしまう力を持っています。
【おわりに】
「うちに限っては大丈夫」
「今はまだ早い」
そんな言葉の裏には、“話しづらさ”や“面倒さ”があるのかもしれません。
でも、本当に家族のことを大切に思うならば――
元気なうちに、気持ちと法律を一致させるための準備を始めてほしいと、私は心から願っています。
相続は、“想続”に変えられます。
気持ちが伝わり、安心して次の世代に繋がる、そんな優しい相続を一緒に実現していきましょう。
司法書士しげもり法務事務所
繁森 一徳(大阪市)
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