

※灼熱地獄の熱々スープにつけ麺風呂桶盛り
「遺言にもあったようで…」の一言から考える。
──親と過ごす“最後の家庭時間”を、どう迎えるか
【はじめに】
最近、お笑いコンビ「サンドウィッチマン」の伊達みきおさんが、学生時代の思い出深いお店「定進堂」の“おばちゃん”の訃報をブログで伝えた投稿が、大きな反響を呼びました。
懐かしいパン屋さん。思い出の味。
そして「おばちゃん、ありがとうございました」という心のこもった言葉。
そこには、芸能人としてではなく、ひとりの「息子世代の大人」として、亡き人を悼むまっすぐな想いが込められていました。
特に注目を集めたのが、「遺言にもあったようで…大事にしたくないから、基本的には黙っていたみたいです」という一文。
この言葉に、私は司法書士としてだけでなく、一人の家庭人としても、いろいろな想いがよぎりました。
「お知らせをしない」ことを遺言に託す──
それは、“静かに旅立ちたい”という意思の表れであり、
“家庭の中の最後の形”でもあります。
今回のブログでは、この伊達さんの投稿をきっかけに、
● 遺言の持つ意味
● 家族の中で交わしておきたい会話
● 親の“最後の想い”をどう受け取るか
について、家庭という視点から、私の想いを綴ってみたいと思います。
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【1. 遺言とは、「財産の話」だけではない】
遺言と聞くと、「誰に何を相続させるか」といった財産分与のイメージが強いかもしれません。
確かにそれは遺言の大事な役割の一つです。
けれど実際には、「知らせるか、知らせないか」
「どのように送ってほしいか」
「誰に気持ちを伝えたいか」といった、
**“人としての最後の想い”**を形に残せるのも、遺言の力なのです。
伊達さんのおばちゃんは、きっとこう思ったのでしょう。
「私の死で大騒ぎにはなってほしくない」
「静かに送ってもらえればそれでいい」
その想いを、家族に伝え、周囲にも伝わるように「遺言」に記していた。
これもまた立派な「終活」だと思います。
亡くなったあとの段取りを、家族が迷わないようにする。
誰に知らせるか、どうやって送りたいか。
これは、親の責任でもありますが、
**子どもとして「聞いておくべきこと」**でもあると私は感じます。
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【2. 家庭内の“終活会話”が、家族の絆を深める】
40代という世代は、多くの方が「親が80代」「自分の家庭も忙しい」真っただ中にいます。
仕事に育児に、自分自身の健康問題にも向き合いながら、親のことも気になってくる。
でも、親の方はもう「人生の終盤」に足を踏み入れています。
何かあってからでは遅い。
けれど、何もないうちには話しにくい──。
この“終活の壁”に悩む方は非常に多いです。
では、どんなふうに「終活の話」を切り出せばいいのでしょうか?
私は、こういう言葉が入り口になると感じています。
・「お父さんが元気なうちに、聞いておきたいことがあるんだけど」
・「最近、芸能人の遺言の話があったんだけど、親父はどう思う?」
・「うちも、万が一のときのこと、ちゃんと話しておかないとね」
会話の主導権は「子ども側」が持ってよいのです。
「親にまかせる」ではなく、「親の想いを引き出す」。
家庭というのは、本音を言える場所であってほしい。
だからこそ、**「終活」や「遺言」は、家庭内でこそ丁寧に扱っていきたいテーマ**です。
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【3. 「知らせる」「知らせない」の選択と家族の葛藤】
遺言に「知らせないでほしい」と書かれていた場合、家族としては葛藤が生まれます。
「でも、あの人には知らせた方がよかったのでは…」
「本人の意思を尊重すべきか、情を優先すべきか」
こうした“送り方の迷い”もまた、家庭内のテーマとして事前に共有しておくと、トラブルを避けることができます。
たとえば、
● 家族葬にする予定か
● 町内会には知らせるか
● 親戚には誰まで知らせるか
● お世話になった人にだけ連絡するか
一つひとつの判断が、亡くなった方の「最後の印象」に関わります。
何より、「親の意思を尊重した」ことが残された人の“後悔”を減らしてくれます。
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【4. 親の“最後の家庭”に寄り添う時間を持つ】
80代の親がいるご家庭では、
・お風呂が一人で入れるか
・お薬を正しく飲めているか
・通院はスムーズにできているか
・気持ちが沈んでいないか
そんな日常の一つひとつが、「家庭の最後の時間」になる可能性があります。
大げさに言えば、
**“今日が最後かもしれない”という心持ちで親と接する**ことも、後悔しないための方法です。
・一緒に食べたごはん
・何気なく見たテレビ番組
・たわいもない電話のやりとり
こうしたものが、実は本人にとっても「一番大事な家庭の記憶」になるのです。
そして、亡くなった後に残る“家庭の風景”が、残されたご家族にとっての癒しにもなります。
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【5. 親から子へ、子から親へ。家庭のバトンを渡すとき】
伊達みきおさんは、「おばちゃん、ありがとうございました」と素直に感謝を述べていました。
この言葉が、とても印象に残りました。
家庭の中で、こんなふうに感謝の気持ちを伝えられる関係。
親が子を育て、今度は子が親を見送る。
そのバトンを、しっかりと握っていくことが「家庭の終活」です。
遺言は、そのバトンを確かに渡すための道具でもあります。
だからこそ、「まだ早い」と思わず、
40代の今だからこそ、「親の意思を知る」「親の想いを受け取る」時間を意識的に作っていただきたいのです。
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【まとめ:今日からできる3つのこと】
最後に、80代の親を持つ40代の皆さんが、家庭内で今日からできることを3つ挙げてみます。
1. ■ 親と、日常の会話の中で「将来のこと」を話してみる
→「もしもの時、どうしたい?」「どんなお葬式がいい?」など、軽い雰囲気で。
2. ■ 遺言の相談を、司法書士などの専門家に相談してみる
→法律のことは無理に家庭内で抱え込まず、外部の専門家の知恵を借りるのも大切です。
3. ■ 自分自身もエンディングノートを書き始めてみる
→親に話す前に、自分が先に始めると、自然に家庭内の対話が生まれます。
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【最後に】
「家庭」は、どんな時代も人にとっての“心の居場所”です。
そして、人生の最後にその人が帰っていく場所でもあります。
家族として、子どもとして、
親の人生のしまい方に寄り添うことは、
愛情の証であり、敬意のかたちです。
もし、今「親の終活をどうすればいいか」と迷っている方がいれば、
私たち司法書士の役割は、単なる手続き屋ではなく、
家庭の思い出と想いを整理し、次世代に渡していく“伴走者”であるべきだと思っています。
小さな不安も、どこから話せばいいか分からない想いも、どうぞお気軽にご相談ください。
家庭のことだからこそ、一緒にじっくり考えていきましょう。