

はじめに
2026年3月、Yahoo!ニュースに衝撃的な記事が掲載されました。元裁判官で現在は弁護士として成年後見制度の被害者救済を行っている森脇淳一氏が、制度の構造的問題と「後見族」の存在を明らかにしたのです。
80代の親を持つ40代の皆さんにとって、この問題は決して他人事ではありません。親が認知症になってから慌てて対応しても、すでに手遅れになっているケースが少なくないのです。
この記事では、元裁判官が語る成年後見制度の真実と、私たち相続遺言専門司法書士の立場から、今すぐ実践すべき対策をお伝えします。
成年後見制度とは何か
成年後見制度は、認知症や知的障害、精神障害などによって判断能力が不十分な人を法律的に保護し、支援するための制度です。2000年に介護保険制度と同時にスタートしました。
後見人は、本人に代わって財産管理や契約行為を行い、本人の権利を守る役割を担います。当初は家族が後見人になることが前提で、原則として無報酬でした。
制度スタート時の「ボタンの掛け違い」
森脇弁護士は、制度発足当初から「ボタンの掛け違い」があったと指摘しています。
本来、高齢者の介護や生活支援に関する業務は、福祉の専門領域です。厚生労働省が所管し、福祉の専門家が担当すべき内容でした。
ところが実際には、法律の専門家である家庭裁判所の裁判官が、何万人もの高齢者の監督業務を担当することになりました。裁判官は法律には詳しくても、どの施設が適切か、本人の生活に何が必要かといった福祉的な知識は持っていません。
その結果、現場は疲弊し、「事務処理のしやすさ」が優先されるようになり、弁護士や司法書士などの専門職を後見人として選任する流れができあがってしまったのです。
報酬決定システムの不透明性
成年後見制度における最大の問題の一つが、報酬決定の仕組みです。
通常の法律業務であれば、依頼者と専門家の間で契約を結び、報酬額を合意します。しかし成年後見制度では、後見人側に「請求権」がなく、裁判官が「職権」で報酬を決定します。
さらに問題なのは、この決定に対して後見人側も利用者側も不服申し立てができないという点です。いったん決まってしまえば、高すぎても安すぎても、覆すことは極めて困難です。
月額2万円から5万円の報酬が、本人が亡くなるまで終身続くケースもあります。仮に月額3万円として、10年間で360万円、20年間で720万円もの費用が親の財産から支払われ続けることになります。
「後見族」の存在
森脇弁護士は、後見業務の報酬で生計を立てている「後見族」とも呼べる専門職が存在すると指摘しています。
1件あたりの報酬が月2万円から5万円だとしても、20件から30件を抱えれば、月収40万円から150万円という安定した収入になります。
特に身寄りのない高齢者の後見業務は、施設利用料などを振り込む業務を事務員に任せてしまえば手間もかからない「おいしい仕事」になっているのが実態だといいます。
米国では、後見ビジネスをテーマにした映画「パーフェクト・ケア」がヒットしました。残念ながら、日本でも同様の構図が存在しているのです。
家族排除という深刻な副作用
制度のもう一つの大きな問題が、家族の排除です。
親の面倒を見ているきょうだいの一人に対して、他のきょうだいが「あいつが親の金を使い込んでいる」「将来の遺産を独り占めしようとしている」と疑心暗鬼になり、牽制のために後見を申し立てるケースがあります。
親族間でもめごとがあると、家庭裁判所は「中立な第三者が必要」と判断し、専門職を選任します。
その結果、親の面倒を見てきた家族までが「虐待の疑い」といった名目で一括して排除され、自宅で生活できたはずの親が施設に入れられ、見知らぬ弁護士が通帳を握り、本人が亡くなるまで財産から報酬を引き出し続けるという構造ができあがってしまうのです。
本人の意思や家族の思いよりも、「事務処理のしやすさ」が優先される。これが現在の成年後見制度の実態なのです。
法改正の動きと課題
今国会では、成年後見制度の見直しに向けた民法改正案が審議される可能性があります。後見業務を「終身」から「有期」にするのが大きな変更点とされています。
しかし法務省によると、報酬決定の仕組みを大きく変える考えは今のところないとのことです。
森脇弁護士は、「新たにできる『特定補助人』が今の後見人と同じ役割を果たすだけなら、実態は変わらない」と指摘しています。家裁の「言い値」に対して不服申し立てができない状況は変わらない見通しです。
欧米の先進事例
ドイツには「世話人庁」という独立した公的機関があり、130万人もの利用者がいます。米国にも同様の組織が存在します。
森脇弁護士は、日本でも福祉の専門家を入れた公的機関を設立し、裁判所から業務を移管させるべきだと提言しています。後見に対する報酬も、裁判官の裁量ではなく、公的機関が価格表に基づいて決める運用にするなど、透明性を確保すべきだと述べています。
80代の親を持つ40代が今すぐすべきこと
では、80代の親を持つ40代の私たちは、何をすべきなのでしょうか。
答えは明確です。「法定後見になる前に、手を打つ」ことです。
統計によれば、80代以上の3人に1人が認知症を発症しています。「まだ元気だから大丈夫」と思っていても、認知症は突然やってきます。
判断能力が低下してからでは、法定後見制度しか選択肢がなくなります。しかし元気なうちであれば、家族が主体的に関与できる対策を講じることができるのです。
対策1:家族信託の活用
家族信託は、元気なうちに財産の管理を家族に託す仕組みです。
親が「委託者」として財産を信託し、子どもなど信頼できる家族が「受託者」として財産を管理します。親は「受益者」として財産から生じる利益を受け取り続けます。
家族信託の最大のメリットは、認知症になっても家族が財産管理を継続できる点です。後見制度のように見知らぬ専門家が介入することもなく、家族の判断で柔軟な財産管理が可能になります。
不動産の売却や賃貸借契約、金融資産の運用など、本人の利益のために必要な行為を、家族が主体的に行うことができます。
対策2:任意後見契約の締結
任意後見契約は、判断能力があるうちに、将来判断能力が低下した場合に備えて、あらかじめ自分で後見人を選んでおく制度です。
法定後見では家庭裁判所が後見人を選任しますが、任意後見では本人が信頼できる人を指名できます。家族や親しい友人、信頼できる専門家を後見人候補者として契約しておくことで、知らない人が突然後見人になるリスクを避けられます。
契約内容も本人の意思で決められるため、どの財産をどのように管理してほしいか、どんな生活を送りたいかなど、具体的な希望を反映させることができます。
対策3:財産管理委任契約の検討
財産管理委任契約は、任意後見契約よりも早い段階から利用できる契約です。
判断能力が低下する前から、身体的な理由で銀行に行けない、細かい手続きが面倒になったなどの理由で、財産管理を信頼できる人に委任することができます。
任意後見契約は判断能力が低下してから効力が発生しますが、財産管理委任契約は契約後すぐに効力が生じます。両者を組み合わせることで、元気なうちから人生の最期まで、切れ目のないサポート体制を構築できます。
対策4:遺言書の作成
相続をめぐる親族間のトラブルが、成年後見制度を「争族の道具」として利用させる原因になっています。
遺言書で明確に財産の分け方を示しておくことで、相続トラブルを未然に防ぐことができます。親の意思が明確であれば、きょうだい間での疑心暗鬼も生まれにくくなります。
特に公正証書遺言は、公証人が作成し、原本が公証役場に保管されるため、紛失や改ざんの心配がありません。2020年からは法務局での自筆証書遺言保管制度も始まり、安全に遺言書を保管する選択肢が増えています。
親との話し合いの進め方
「親が元気なのに、こんな話をするのは気が引ける」と感じる方も多いでしょう。
しかし、親の立場からすれば、自分の意思で決められるうちに将来のことを決めておきたいと思っているケースも少なくありません。
話し合いのポイントは以下の通りです。
・突然ではなく、ニュースや知人の事例などをきっかけに自然に話題にする
・「心配だから」ではなく「安心したいから」という前向きな表現を使う
・親の意思を最優先し、押し付けない
・専門家を交えて客観的な情報を得る機会を設ける
・一度で決めようとせず、何度も話し合いを重ねる
専門家選びのポイント
家族信託や任意後見契約、遺言書作成などは、専門的な知識が必要です。私たち司法書士や弁護士、税理士などの専門家に相談することをお勧めします。
専門家を選ぶ際のポイントは以下の通りです。
・相続や家族信託を専門としている実績があるか
・初回相談で親身に話を聞いてくれるか
・費用を明確に説明してくれるか
・複数の選択肢を提示し、メリット・デメリットを説明してくれるか
・アフターフォローの体制があるか
相談は複数の専門家に行い、比較検討することも大切です。
まとめ
成年後見制度は、本来は判断能力が低下した人を保護するための制度です。しかし現在の制度には、報酬決定の不透明性、家族の排除、専門職の既得権益化など、深刻な構造的問題が存在します。
元裁判官である森脇弁護士の告発は、制度の内側を知る者だからこその重みがあります。
80代の親を持つ40代の私たちにできることは、親が判断能力を失う前に、家族が主体的に関与できる対策を講じることです。
家族信託、任意後見契約、財産管理委任契約、遺言書作成。これらは単なる法的手続きではありません。親の尊厳を守り、家族の絆を保ち、親が望む人生の最期を実現するための「愛情の形」なのです。
「まだ早い」と思っている間に、手遅れになってしまうケースを、私たちは数多く見てきました。
親が元気な今だからこそ、家族で将来のことを話し合い、準備を始めてください。それが、親への最大の親孝行であり、自分自身と家族の未来を守ることにもつながるのです。
記事URL:https://news.yahoo.co.jp/articles/ae1b0a41f3f955b787aaccdbcad59c73de72ace4